医 局 日 誌
2016/04/01 曇り Levi
エルヴィンに呼び出され、渋々向かった応接で「エレン」と会った。正確には初見ではない。異動者が来るということで回ってきた経歴書には目を通していたし、何なら今朝院内ですれ違ってんだ。悪いが無視させてもらったがな。面倒なガキは嫌いだ。
ところがそれが気に食わなかったらしい。萎縮するどころか開き直ったような面で俺の隣に腰かけたエレンは、こちらを見ようともせずに「宜しくお願いします」と投げやりに言った。成績優秀で苦労もなく育ったボンボンらしいがこりゃあ確かに問題児だ。
「おいエルヴィン、こいつ本当に使えんのか。足手まといならいらねぇぞ」
そう返した俺の一言が決定打となったらしい。最悪な出会いを果したエレンと俺の関係は完全な断絶から始まった。
2016/05/10 曇りのち雷雨 Eren Yeager
「おいエレン、ちょっと来い」
カンファが終わったところでリヴァイさんに捕まった。また小言か?鬱陶しい。
厭々ながら付いていったものの、「グズグズすんじゃねぇよ」と胸倉掴んで引っ張られたのが頭にきて、我を忘れて殴りかかってしまった。ざまあみろ、と思った次の瞬間にはリヴァイさんの蹴りが飛んできて、避ける間もなく思い切り顔面に一発食らった。
いい大人があり得ないことだけど、流血沙汰の喧嘩になった。オレだけじゃなくリヴァイさんも本気で怒っていた。むかつくくらいに冷静な人なのに。それほどまでに彼はオレのことが嫌いなんだろう。オレだって同じだ。
もう、きっとこの先ずっと分かり合えることなんてない。そう思いながらリヴァイさんを睨みつけ、謝ることもせずにオレはさっさと帰ってきた。ちくしょう、鼻血が出ている。
酷く苦い、鉄の味がした。
2016/06/19 雨のち晴れ Eren Yeager
この病院に来て2か月半。漸くオペチームに入れる日が来た。自分の名前のあるホワイトボードを見ながら、このオペでリヴァイさんにオレの実力を認めさせてやるんだ、と野心に胸を燃やしていた。
(以上2行、二重線で消されている)
リヴァイさんの姿を見た時は何で探しになんか来たんだよ、と思った。こんな時にまた説教かよ、とも。だから、この人はもしかしてオレを心配してるのか?と気づいた時にはものすごい後悔の念が押し寄せた。
オレになんて興味ないって顔していたのに。
決して饒舌な方ではないリヴァイさんがぽつりぽつりと話す言葉から、彼がずっとオレのことを見ていてくれたことを知る。
オレが、間違っていた。もう一度勉強し直そうと、決意した。
2016/08/02 晴れ Levi
久しぶりにエレンとの当直だった。ハンジが言うに、諍いが絶えない俺とエレンを心配してエルヴィンのやつが俺たちを2人きりにしないように組んでいたらしい。関係を良好にしようとは別段思わねぇが、最近のエレンには投げやりで思い上がった所は見られなくなり患者とのコミュニケーションも良く取れているようだ。こいつなりに努力をしているのだろう。と、他愛もない話をしながら感じていた。
急患もなく静かな夜だった。「折角だから色々教えて下さい」というエレンの相手をしていたが、あの疾患について訊かれたとき、ほんの少し声が強張っちまった。あいつは気づいただろうか。俺としたことがらしくもなく動揺したらしい。
その後エレンが話す自分の経歴だの今後の夢だのを聞いていた気がするが、いつの間にか寝こけちまった。随分と疲れてはいたが悪い事をした。
目覚めてすぐに目に入った缶コーヒーはかなり余計だったが。
2016/09/10 曇り Eren Yeager
信じられないものを見つけた。
見ちゃいけなかったのかもしれないけど、あんなところにあの人が置くから…
偶然だったんだ。でも。まだ半信半疑だが、カルテがあるかもしれない。調べてみようと思う。
(追記)
見つけてすぐにリヴァイさんを探して走った。1人でカルテのチェックをしていた後ろ姿に「これも見てほしいんですけど」と声をかけ、”彼の”カルテを突きつけた。
「どういうことですか。説明しろよ!」
苦渋の表情を浮かべ顔を背けたリヴァイさんからは何の答えもない。オレに詰め寄られても抵抗しないのを妙に思っていると、リヴァイさんが胸を押さえて苦しみだした。胸痛発作だ。薬はなく安静だけで落ち着いたようだったけど、あの様子じゃオペをしないと危険だ。
「お前には関係ない」の一言が哀しかった。
関係なくねぇよ。絶対治してやる。
2016/10/11 弱雨 Levi
帰りがけのエレンに突然何かを押し付けられた。…ニトロケースだ。
ニトロケースだと?この俺に。
しかも文字が彫ってある。口に出してはとてもじゃないが恥ずかしくて読めねぇ文字だ。
どういうつもりだ、なんてことは訊かなくてもわかる。こんなもの要らんと叩きつけて捨ててしまえばよかったのに。どうしても、できなかった。
2016/12/25 曇り時々雪 Levi
もう何年も縁がない話だが、世間じゃ昨日はクリスマスイブ。今日はクリスマスらしい。エレンに言われるまで忘れていた。
「お前は予定があるんじゃないのか。早く帰れよ」とからかってやると「予定がある男はイブの夜にデートするんですよ。そういうの、面倒なんで」と澄ました顔で返された。
それだけで終わるかと思ったらエレンのやつが「それより、リヴァイさんももう退勤でしょ。晩メシ一緒にどうです?クリスマスなんだし」と言い出した。クリスマスはどうでもいいが断る理由もないので承諾する。
…その結果がこれだ。どうしてくれる。
…いや、今はそのことには触れないでおく。時間が必要だ。
(追記)
それにしても、カルテ見たんで誕生日くらい知ってますよ、とはどういうことだ?クソが。エルヴィンにあいつの経歴書をもう一度見せろと言うことにする。これでおあいこだ、クソガキ。
2016/12/28 晴れ Eren Yeager
生きた心地がしなかった。また煙草でも吸ってるんだろうと屋上に探しに行くと、リヴァイさんが胸を押さえて蹲っていた。汗が酷く、痛みも相当強くなっているようだ。
彼が身に着けていたニトロケースから錠剤を取りだし服用させると発作は治まったが、本当に肝が冷えた。でも、ニトロケースを持ってくれていたことには安堵して、そして嬉しかった。
今はただ、リヴァイさんの心臓の状態が心配だ。
2016/12/29 快晴 Levi
エレンに初めての頼み事をした。サインを躊躇ったままだった一枚の紙きれ。こっち側に署名する日が来るとは思わなかった。…本当に承諾してくれたのはエレンのほうだったのかもしれんが、な。
エルヴィンの取り計らいもあり、年明けすぐに入院することになった。
(とても小さな字で)
俺は、生きたい、らしい
2017/1/18 晴れ Eren Yeager
リヴァイさんのオペ。
朝病室を訪ねたら、あの人らしく準備を整えて静かに呼ばれるのを待っていた。少しでもリラックスしてもらおう、と思ったのに、背中を押してもらったのはオレのほうだった。やっぱりあの人には敵わない。
(追記)
無事に終わった。オペは成功だ。安堵のあまり暫くロッカーでへたり込んでしまったけれども。オペの間ずっと彼の、ただひとつの心臓のことだけを見つめていた。オレに託された命を、オレは救うことができたんだ。
医者になって良かった。本当に、そう思う。
引き続き術後の経過観察。早く戻ってきてほしい。
だって、隣の席がぽっかり空いたままで、…寂しいじゃないですか。
2017/1/23 曇り Eren Yeager
退院間近だというのに、熱を出したと聞いた。
慌てて駆けつけると、隔離病室に移され咳き込んでいるリヴァイさんの姿。検査の結果、インフルエンザ陽性反応。勤務中とは違うマスク姿が何だか不思議だった。
「お前出てけ、うつったら殺すぞ」と熱に浮かされて物騒な事を言うけど、いやオレ主治医だし(それに、もうそろそろ… と思ってもいいんじゃないだろうか?)ということで、誰も来ないのをいいことにこれ見よがしにマスクを外し、堂々とキスをしておいた。
…完治したらこっぴどく怒られるだろうか。
2017/2/14 弱雨 Levi
日誌を書くのは久しぶりだ。医者になって10年近く経つが、こんなに長く休んだのは初めてで少し戸惑う。それでも医局のデスクは休職する前のままで、相変わらず汚ねぇエレンの隣の席に座ると落ち着いた。おかしなもんだ。1年前、ここには誰も座ってなかったのにな。
今日から復帰することはエレンには黙っていた。あいつのことだから大騒ぎするに決まってる。まあ案の定中庭で鉢合わせた途端、派手に出迎えられたわけだが。
それでもまたこうして白衣を羽織りあいつと向き合えることが嬉しく思える。
ありがとうな。…ただいま。
2017/3/30 晴れ Eren Yeager
リヴァイさんが海外出張へ出かけてから5日め。話を聞いた時にわかっちゃいたけど、今日くらいは一緒に過ごしたかった。誕生日が楽しみだった頃なんてもうとうの昔に終わってたけど、今年の誕生日だけはちょっと期待してたんだ。
「リヴァイに君の誕生日を聞かれて答えてしまったんだが。まずかったかな?」ってエルヴィン教授が悪戯っぽくオレに聞いたから。
リングはオレたちの胸に下がったままだ。キスはした。一緒に飲んだ時、ちょっとだけ過ちを犯しそうにもなった。でもオレはまだ答えをもらえてはいない。
ん?リヴァイさんから着信だ。何だろう。続きはまたあとで(ここで終わっている)
2017/04/01 薄曇り、のち晴れ Levi
4月1日。奇しくもちょうど一年前、エルヴィンに呼ばれた応接で隣り合い睨み合っていた俺たちが、こんな穏やかな灯りを挟んで向かい合い食事を共にしている。夜景の綺麗な有名レストランで、だ。一体どういう風の吹き回しだ、と可笑しそうに鼻で笑いながらもとっておきの席を用意してくれた古い友人に感謝する。
医学部時代、いや、もっと前から状況判断の速さについちゃ買われてたもんだが…随分とこの答えを見出すには時間がかかっちまった。欲しいものはひとつだ、とでも言わんばかりの顔をして人の顔を気にし続けているこの愛おしい男に、今日俺が用意してきた言葉もただひとつだった。
「エレン、―――――――。」